深山's 小説「justice」

「正義って何なのかしらね?」
 春の穏やかな花の上で踊りながらアゲハさんは尋ねる。どうして彼女がこんな事を言い出したのかは今でも定かではないが、発端はこんな所だった。
「正義とは英語でジャスティス。つまりは等価交換だ」
 アンちゃんはこんな風に答えたらしい。しかし、アンちゃんはあまりにも小さくて弱かったから誰も耳を貸そうとはしなかったんだ。
「犠牲こそが正義よ」
 そう聞こえたかと思うとアゲハさんの姿はもうそこにはなく、蟷螂親分がアゲハさんのはらわたを切り裂いていた。蟷螂親分はすっかりアゲハさんを平らげると一つゲップして言う。
「弱いものは強いものにその身体を差し出す。弱肉強食こそが正義よ」
 アンちゃんはとても弱かったから、すごすごと逃げ帰ってきたんだ。

 夏の蒸し暑い夜、鈴虫のリンがりんりん鳴きながらその歌声にあわせて叫んだ。
「強さこそが正義か?」
 アンちゃんはまたもや何やら叫んだんだけど、その声は全て音楽にかき消されてしまった。
「そうじゃないだろ。美しいものが正義さ」
 リンの歌はそう続いたんだけど、その瞬間リンはステージから消えていたんだ。
 代わりにガマおばさんが口をもごもごさせながらステージに登ってきた。
「美しさが正義なら、私の声を聞いてくれ」
 そう言って歌い出したんだけど、その声は酷くしゃがれていて断末魔の叫びのようだった。アンちゃんは耳を壊さないようにとっとと逃げ出したんだ。

 秋が深まり、少し寒くなった頃、蟷螂親分は恋人といちゃつきながらアンちゃんにこう言ったんだ。
「愛こそが正義だよ」
 その言葉は一生奴隷で、結婚など出来ない僕には辛かった。そしてやっぱりアンちゃんは叫んで持論を展開しようとしていたんだけど、仲むつまじい二人にはまったく聞こえちゃいなかった。
 すると、親分の恋人が突然、親分にかぶりついた。親分は逃げようとするが、その努力も虚しく、親分は綺麗に完食された。
「ホント愛こそが正義よね」
 女の怖さを知ったアンちゃんは思わず、足を震わせながらその場から立ち去ったんだ。

 寒い寒い冬が終わり、アンちゃんは久しぶりに外に出た。あちこちにみんなの死体が転がっているこの時期はアンちゃんにとって書き入れ時でもある。
「何が正義なんだろう?」
 去年に起きたいろいろなことを聞いていた僕はそのみんなが死体になって巣に運ばれてくるのを見て、思わずそう叫んでいた。
 もちろんアンちゃんが一つ咳払いをしてこう始める。
「正義とは英語でジャスティスだ。ジャスティスってのはジャストに由来していて、つまりはピッタリとかそう言った類のニュアンスなんだな。つまりはやったことに見合ったピッタリのモンが帰ってくるってわけだ。因果応報。やられたらやり返せ。キャッチアンドリリース!!」
 後半はよく分からなかったけど、アンちゃんはそう叫ぶと僕に鞭打って酒を造らせ、それを飲み出した。
「ねぇ、こうして僕を家畜同然に巣の中に飼っていることも正義なの?」
 いい気分になったアンちゃんはしゃっくりをしながらこう答えた。
「そうだ、アブラムシはアリに搾取されなきゃならねぇ。一生外には出られないかもしれないが、その分ここは安全だ。それこそがこの世界のジャスティスだろうよ」
 そう言うと、アンちゃんはいびきをかいて寝てしまいました。
Copyright(c) 2008 miyama All rights reserved.