深山's 小説「デゴイチ」

1

 窓の外は雨だった。雨粒が激しく窓に打ち付けられている。僕は時折起こる振動と雨の音、そして人間の出す様々な雑音によってなかなか寝付けずにいた。
 明日からは戦いが始まるというのに、今のうちに体力を回復しておかないでどうするんだと頭の片隅で思うのだが、頭の奥はしっかりと冴えていていつまで経っても収まってくれない。まぁ、仕方ないといえば仕方ない。もともと寝付きが良い方ではないし、思いっ切り非日常の世界に飛び込むんだから緊張するだろうし。
 暇を持て余した僕は二段ベットの上から降りてトイレへ行こうと思い立った。そっとドアを開けると、そこには強面の教官が立っていた。
「どこへ行くんだ」
 まさかこんな所にまでいるとは思わなかったので、僕はしばらく硬直していた。一種のパニック状態。僕が黙っているので、教官は疑わしそうな眼で僕を見ている。
「いや、あの、ちょっとトイレへ」
 かろうじて出たくぐもった声で答える。
「夜間は基本外出禁止だ。我慢しろ」
 教官にそう言われても「もう、漏れそうなんです」とか「基本じゃありません、緊急事態です」だとか言い返して自分の意見を押し通せるほど、僕は強くはない。僕はしぶしぶ戸を閉めて部屋へ戻る。
「残念でした」
 いつの間にか起きていた二段ベット下に寝ているはずの少年が話し掛けてきた(話し掛けてきたと言うよりは独り言のようだったが)。彼はどう見ても僕より年下で十二歳前後に見え(ちなみに僕は十八だ)、タイトルは見えないが何やら分厚い本を読んでいる。どうやら、彼も寝付けないらしい。
「別にいいよ。眠れなかっただけだし。ところで、何の本読んでるの?」
「資本論」
「なにそれ?」
「マルクスって知ってる?」
 彼が質問には答えず、質問で返してきたので僕は少し戸惑った。
「ごめん、知らない」
「じゃあ、言っても分からないと思う」
 そこから気まずい沈黙が続いた。それでも彼は気にせず、本を読み続ける。その強さが羨ましいと思う。
「えーと、名前なんだっけ?」
「アオイ」
「名字は?」
「無い」
「そうなんだ。なんで?」
 またもや、沈黙。僕は少しデリカシーに欠けるようだ。仕方ないから、僕はベットの上に上がる。目だけでも瞑ろうと思った。下から本をめくる音が聞こえてくる。