深山's 小説「風呂」
溜め息を吐くと僕はもう一度、丁寧に舐めるように体を洗う。
大丈夫、心配することは何もない。
体に付いた泡を洗い流し、昂ぶった緊張を抑える。
すべて順調に事は運んでいる。
もう一度、頭のなかでこれからの事を想像する。
ふと目が排水溝に留まる。
流れる水は少し渦を巻いて暗闇に呑み込まれている。
ふと、自分も呑み込まれているような気になる。
無理もない。
女というものに触れたことも、関わったこともない。
眺めるだけだったその存在は、今、僕の部屋にいる。
それは予想もしない速度で僕のテリトリーに入り込んだ。
今日逢ったばかりなのに。
当然準備などしていない。
部屋はどうみても綺麗好きには見えなかったし、枯れた観葉植物はあたりに枯葉を積もらせていた。
それなのに、それはそんなことには触れず、いきなり行為を求めてきた。
俺は戸惑った。
何しろ初めて、しかも今日逢った女だ。
けれど、俺はそんな様子は見せず、慣れているふりをしてそれに触れた。
それの肩は小さく、柔らかかった。
しかし、それは少し困惑の表情を浮かべ、先に風呂に入るよう伝えた。
俺は自分が急いていることに気付き、その場から逃げるように風呂に入った。
風呂からあがる前にもう一度、頭でシュミレーションする。
大丈夫だ、これなら。
風呂場からあがり、彼女に声をかける。
しかし、反応がない。
眠ってしまったのだろうかと思い、もう一度、今度は少し大きな声で呼ぶ。
やはり、返事はない。
仕方ないので、腰にバスタオルを巻き、脱衣所からでる。
そこには、彼女ではなく荒らされた部屋があった。
しまった。
預金通帳を探すが、それは既になかった。
それだけではない。
金目の物はすべて消えていた。
俺はただ立ち尽くしていた。
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