正常脳内平衡感覚崩壊統記

TOP


「初恋」


ヤツとは昔からの幼馴染だった。親同志の繋がりもあったし、家は同じマンション。しかし特に男と女という意識は無かった。
だがやはり、こんな俺たちは周りから見たなら格好の好奇の目の対象だろう。
そうしている内に幼稚園時代は良く遊んでいたものだが、小学生にでもなると男が女と遊んでいるだけでも男友達からはからかわれるし、女の知人には特に他意もないのに心から余計なお節介をかけられたのだ。そして、生意気にもつまらない意地も年相応に持っていた少年時代の俺。
だから彼女とは幼馴染であり気の知れた友人という関係をこのまま維持する為にも、出来るだけ距離が近づき過ぎないように勤めるようになった。そう、俺自身に俺たちに友人以上の関わりなど望んでいなかったのだから―――。
半端に世間の理不尽さを知った中学生ともなると日ごろの鬱憤や蟠り、不安を理不尽にも彼女にぶつけ辛く当たってしまったこともあったかもしれない。
とはいえ高校生となった今でも珠に遊びに出かけはするし、時刻が偶然にも一致したときは一緒に登校もしたりする。
―――そうして時は過ぎ、俺たち二人は意識をするまでもなくそんな微妙な関係を引き摺り続けているのだった―――。

季節は落ち葉が地面を覆い隠した秋。
――――ザッザッ――――
今日は珍しくこの校舎の陰間に客人が来たようだが・・・
「嘉春(ヨシハル)、お前こんなとこでナニやってんだ」
コイツを客などと呼べるものか。俺が石で出来た椅子と机で黙々と作業に勤しんでいる中現れた奴は、よくつるんでいる悪友の佑司(ユウジ)だった。そしてどうでもいい話だが、コイツの言葉はいちいち癇に障るのは何故だ。
「ん・・・・社会情勢の動きから生活に役立つプチ情報までを網羅した多角方面的懸賞付き知覚パズルゲーム・・・・まぁ、ただのクロスワードやな。米や今流行の全自動お掃除ロボが当たるらしいが―――」
「へぇ、そうかい。相変わらず所帯じみているというか青春盛りの高校生の放課後とは思えない荒んだ遊びで暇を持て余してるねぇ」
「うっせ、校則を無視してバイトだけが生き甲斐の奴に言われる筋合いはねぇ。・・・で、なんや。流石にわざわざ俺の所に嫌味だけ言いにきた訳やないやろ」
俺の居場所―――日が見える時間も僅かの校舎の裏の小広場が入学してすぐ見つけた俺のお気に入りの場所だった。薄気味悪い上木が多いから虫も多い。このスペースには教員も学生も来ることは殆どない。既に取り壊された旧校舎の数少ない遺産であるとはいえ、事務員でさえ放ったらかしの広場に何故今でも行き届いた整備がなされているのか―――
ちなみにこれはうちの高校の七不思議の一つにも数えられているらしいが、無論俺が一人で草を刈って掃除したり、許可をもらった上で簡単に虫の駆除もしているから。という安直なタネがあるからだけなのだが――――。
「勿論。七不思議の内でも3つにまでも実は関与している変わり者に用があって、こんな静かなだけが取り柄な所を訪ねたわけだ。んで用ってのは、庵住まいの浮世の習いに抗う仙客もそろそろ懐が淋しくなる頃合であろう。と考えた末での仕事の報を携え参上した次第」
悪友・・・・いや灰汁友とでも呼べる男がそう抜かした。鍋という家庭の団欒の場にも沸いて出る邪魔なだけな存在も、日頃の俺の寂しい財布事情を気遣ってくれることがあるらしい。
「叔父さんの店の仕事なんだが、他のつてで頼んでた奴がおたふく風邪でダウンしてだな。帰りは多少遅くなるが手間賃は中々。どうだ、お前の器用さは叔父さんもお墨付きだし主夫は何かと入り用だろ」
事実、丁度金には困っていたし働き手として期待されているのに対して悪い気はしない。
「――――いいやろう、暇やしお前の提案に乗ったるわ」
「おう、急ですまないがオレも叔父さんもかなり助かる。そんじゃ、6時までに隣町の居酒屋に来てくれればいいから」
「わかった」
その俺の言葉だけで用は全て済んだのか、「んじゃ」と背を向けた灰汁は手だけヒラヒラ返してあっという間に去っていった。
災厄は去り、台風一過の如く静けさだけが広場には残されたのだった――――。


――――そんなこんなで――――
高校最後の冬のある日。時間は待ってくれず、想像もつかない様な不可思議な事件が不定期に起きた忙しない高校生活も終点が見え、これからは俺たちも別々の道を自分で選んで自分の力で進むという岐路に皆があった。
色んな経緯はあったが、俺は幼馴染の彼女と思い出のあの場所で向かい合っていた。
「さっきの出来事の中でお前等のあんな必死な姿を見て・・・そして煮え切らなかった先生の決意した本当の気持ちを知って・・・・・俺気付いたんや。お前はどんなときも俺の前で笑っていてくれて、俺は知らんでもそれに励まされて―――君とはただの幼馴染で終わらしたらあかんってことに。俺には"初恋"の記憶がなかった、でも多分それはこの馬鹿が理解していなかっただけだったんだ。いつからか男と女であることを変に意識して俺は変わってしまった。でもそれでもお前はさっきみたいな感じのお前を貫いて、ずっとお前のままだった。
だけど俺の中でも決して変わらない―――変えられないことがあったんや―――きっと君は俺のはつ」
「バッシャーーン」
突如大きな音が鳴り窓ガラスのような何かを叩き割り、閉鎖されたこの空間にガスマスクのようなものを被った正体不明の大男が現れた。
「―――コシュー・・・・やっと見つけたぞ・・・む、お前は・・・・・邪魔者は眠っていてもらおうか・・・シュー・・」
ドスッ。
俺は気付けば何かで刺された胸に意識が途切れそうな鋭痛を感じたまま、生暖かい血の海の上で倒れていた。
「・・・・なんとも呆気ない・・・・シュー・・・がっかりだよ・・・・・コシュー・・・さて僕達は君の肉体が必要なんだ、何故こんな場所でこうなっていたのかは知らないけど丁度いいからこのままの格好で来て貰うよ」
俺に悲しい目を一瞥与えたあと何かを悟ったかのように覚悟を決め抵抗をやめた彼女を連れ、男と彼女は去年の夏のあの事件の際に残されたアレにそっくりな装置を用いてこの空間からいつの間にか姿を消していたのだった。
「・・・ガハッ・・・・くそ、どうなってるっていうんだ・・・・あれ・・」
気付けば、そこには今年のお正月に現れたあの空間の歪みのようなものが。と、その歪みから背丈小学生ほどの不可思議なステッキを持った少女が現れ、
「あ〜〜、間に合わなかったか〜〜〜。アイツらに彼女を奪われるわけにはいかないのに〜〜〜。ゴメンね、君にはまだまだ頑張って貰うよ〜〜〜」
色々危ないんじゃないのか、というほどのキーの高い声と謎の言葉を発した。そして少女は、さっきまでの少女とは思えない野太い声で半濁音がやけに多い呪文らしきものを唱え始めた。
俺は見たことのないはずなのに見覚えがある光景を垣間見えた気がして、そのまま世界から肉体が分離されていくのを感じた。
少女の姿もその記憶に無い記憶の走馬灯に見え―――あ―――
「やっと思い出した―――この女の子が俺の初恋の相手だったやないか・・・・・」
少女はやっと思い出したかという風に意味深にほくそえみ、そして哀しげな表情をした。
彼女は何か大事なことを何処かに旅立つ俺に最後に告げようと決意した素振りを見せた。
しかしその姿はいつの間にか少女というよりむしろ40台半ばの中年の男、先程の渋声の主というのならば納得の人物の姿だった。
「だが残念だが・・・正確に言うと私はお前の初恋の相手でなく、姿だけを借りた本当のお前の父たるべき存在なのだ。だから、お前が遠い遠い過去会ったことがある少女ではないのだ。彼女が今ドコにいるかは私の口からは言えない。しかしそれでも・・・本当の初恋の人、想い人を探すというならばまずこの現世で出会ったあの幼馴染の女性を助け出すのだ。―――さっきの大男・・・・お前の兄は数度の○◆△☆(文字で表せない言葉)を乗り越え手強い。兄弟の殺し合いをただ見るしかない不甲斐ない父親が言うべき台詞じゃないかもしれないが、くれぐれも気をつけろ。お前の兄との衝突は免れない・・・お前はまだ思い出していない強大な兄を倒せる力を求めるなら、私が送る次の可能世界にいる母を捜し出すのだ。彼女はきっとお前に標しを示してくれる。
・・・数十年振りに会って名残惜しいがそろそろお別れだ。頑張るのだぞ、息子よ・・・・・あと最後に・・・・純粋な愛情をお前たちに与えられなかった父を許してやってくれ―――」
そして、俺の父であると名乗った人はバシューという謎の残響音と共にいなくなっていた。
「・・・・・・納得できわけがないやないか・・・・・」
―――こうして俺の存在は遠く異世界に飛ばされた――――

――――そうして最後の決着の時――――
「ハハハハハ。父母を亡き者とした恨むべき兄をも倒し、初恋の人への想いだけで遂にここまで辿りついたか。だが俺を殺して全てを終わらせられると本気で思うのか。この最凶覇王"佑司"をなッ・・・・・やっぱお前は最高の友達だよ、嘉春っ・・・」
俺としての始まりの世界での一番の親友―――アイツはそのときのままの姿で俺の前に立ち塞がっていた。
「・・・・・なんて・・・・なんて、悪夢や・・・・・」

俺は運命に涙を流した。
そう、これは恋愛における最大の難問。
「初恋を成就させる」という悲哀の物語だったのだから――――。


TOP


Copyright(c) 2007 all rights reserved.