深山's 小説「詐欺」

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「おいおい、いつになったら返してくれるんや?もうとっくに期限は過ぎとるんやぞ!」

ドスの効いた声がホームに響く。私は謝ることしかできなかった。

「なぁ、兄ちゃん。借金を全部返すいい方法教えたろか?
 死ぬことや。
 保険の手続きはこっちでやっといたから、いつでも死にたい時に死んだらええ。
 今どこにおるんや?」

「・・・駅のホームです。」

「そしたら、線路に間違って落ちたふりして死んだらええ。
 誰かに押されて死んだってことにしたら慰謝料も取れるかもしれへん。
 そうしたら、あんたの子供も嫁はんも安泰に暮らせるってもんや。
 どうや、いい考えやろ?」

「・・・そうですね。」

電話の相手のにやついた嫌らしい顔が目に浮かぶ。やつらは金さえ手に入ればそれでいいのだ。そのせいで誰かが苦しんだってどうだっていいんだ。

「まぁ、考えといてくれ。けど、答えは一つやねんから、はよした方がええで。
 あんまり遅いとあんたの家族まで迷惑被るからなぁ。被害は最小限に抑えるべきやろ。
 じゃあな。」

そう言うと相手の男は電話を切った。


私は白線の上に立って、線路を眺めてみる。
ここに堕ちればすべては終わる。
妻にも息子にも迷惑を掛けないですむ。
すべて悪いのは私だ。
騙されるものが悪いのだ。

けど、そんなの信じたくなかった。
友達が美味い投資話を持ち掛けてきたとき、私は疑うことなくその話に乗った。
何よりその友達を信じていた。
私の周りに金のために友達を裏切るような人がいると思わなかったのだ。
そして、友達は金が手に入った瞬間消えた。
残ったのは、借金と会社とは名ばかりの古いビルの一室だった。
それから、気がつけば私はサラ金にまで手を出し、借金は返せないほど膨らんでいった。
正直、もう選択肢はなかった。


ふと階段に足音が響く。
見ると、それは真面目そうな青年だった。
もし私が今ここでホームに堕ちたら、彼は約束の時間に遅れるかもしれない。
そう思うと少し申し訳なくなった。

その青年は携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。
約束の確認でもするのだろうか。
しかし、その約束は果たされないだろう。私のせいで。

「もしもし、俺だよ、俺・・・そう、健二。・・・うん、元気。お母ちゃんも元気?」

どうやら、その電話は母親へのものらしかった。私は最近母とはまったく会っていない。
それどころか、電話さえもしていない。この青年とは正反対の親不孝者だ。

「えっ、仕事?・・・仕事は辞めた。」

青年の顔が曇る。

「馬鹿な話なんだけどさぁ、騙されちゃったんだよね。友達に一緒に会社興そうって持ち掛けられて。
 会社も辞めて、金も借りて、さぁやろうって思ったら友達がいなくなっちゃってて。」

青年は乾いた声で笑う。

「ホント馬鹿だよね、俺って。
 そんなうまい話あるわけないじゃん。
 ホント俺ってつくづく馬鹿だと思う。
 自分で自分が嫌になるよ。」

まさに私と同じ状況だった。
その時私は決めた。この青年に私の将来を賭けようと。
彼が死ぬなら、私も死ぬ。
彼が生き続けるなら、私も生きる。
どうせ、どっちでも苦しいのは一緒なんだ。なら、誰かと一緒がいい。

「だからさぁ、今年の正月は帰れないかもしれない。まぁ、何とかやっていくよ。
 だから、心配しないで。」

青年は出来るだけ明るく振る舞っている。でも私には分かる。
彼が最期のお別れのために電話したと言うことが。
私は少しだけこのまま彼と一緒に死ぬことを想像してみた。
けどそれは間違っているように思えて、なんだかひどく落ち着かなかった。
けど、賭けてしまったなら仕方がない。
私は彼に騙されたのだ。
あんなに若い青年が死ぬわけないと思い、死なないことの言い訳に使おうとしていた私を騙したのだ。

「・・・えっ、そんなのいいよ。だって、一千万だよ!そんな大金・・・」
「一番乗り場に電車が参ります。白線の内側までお下がりください。」

最後の方はアナウンスにかき消されてよく聞こえなかった。
けど、青年の口は確かにこう言っていた。

ありがとうと。

私は賭けに勝った。いや、負けたのだろうか。
一つだけ分かっているのは私はこれからも生き続けて借金を返し続けなければならないこと。
それだけだ。
ふと、私も母に会いたくなった。
うちの母も今の状況を話せば、金を貸してくれるだろうか?
試してみる価値はある。
そう思い、私は電車に乗った。


扉が閉まる前に、青年の声が聞こえてきた。
その声はさっきの声とまったく違う荒れた声だった。

「言っただろう、俺の作戦は完璧だって。あんなのに騙される方も騙される方だけどな。」

乾いた笑い声が聞こえる。その時私は思った。



騙される方が悪いんだ。


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