深山's 小説「マウンドの上」
第1話
一点リードの九回裏、ツーアウトランナー二、三塁。バッター四番上杉。それなのに、あいつは俺のサインに首を振る。
「すいません、タイムお願いします」
蓮は俺に頼むように笑いかける。蓮のこういうところがいつも俺を苛つかせる。
「お前、何でサインに首振るんだよ?」
蓮は俺の厳しい視線をかわして、上杉の方を見ている。いつもそうだ。ミットを見ないでバッターばかり見ている。俺じゃなくてあいつばかり追いかけている。次に出た言葉は予想通りのものだった。
「だって、最後の夏ぐらい正々堂々勝負したいじゃん。あいつとは幼なじみだし。大丈夫、俺の球はあいつには打たれないって」
こんなことをさらりと言える実力が蓮にはある。けど、それは上杉も同じだ。勝負したら五分五分だろう。この場面でそんな賭けはするべきでない。
「ふざけるな! なにが勝負だ、この状況わかってんのか? 我慢しろ、お前だけの勝負じゃないんだ! だいたいお前はいつも……」
どこかから小さな嗚咽が聞こえる。目を上げると蓮は泣きそうになっていた。やばっ、言い過ぎたかも。蓮は昔からすぐ泣くのだ。
「……まぁ、俺らの命運はお前に掛かってんだ。だから……頼むぞ」
蓮は小さく頷く。まったく、嫌になる。こんなやつと九年間も付き合ってるんだから。
自分のポジションに戻り、マウンドを見る。蓮はいつも通りに見えた。よかった。蓮は落ち込むといつもの半分も力を出せないのだ。そう言う意味でもかなり扱いづらいピッチャーだ。
俺はもう一度、サインを出す。よしっ、今度は頷いた。
蓮は投球動作に入る。俺は立ち上がりながら蓮のフォームを見ていた。蓮のフォームは本当に無駄がなく、綺麗だ。余分なモノをすべてそぎ落としてある。性格とはまるで反対だ。
そのフォームから放たれたボールは見事にど真ん中目がけて進んでいった。
ばかっ!そう思った頃にはボールは高々と空に舞い上がっていた。
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