深山's 小説「マウンドの上」

第2話

帰りの電車は、中途半端な時間帯ということもあって人は少なく、静かだった。その静かな電車の中で蓮は一人、はしゃいでいた。試合の後、真っ先に泣き始めたくせに、今では誰よりも明るい笑い声を上げている。ホントにあいつは自分勝手だ。
 他の奴らはというと蓮ほどすぐには心の切り替えは出来ていないようだった。そりゃそうだよな、中学最後の試合で、これが終われば次は受験。もう二度とこのメンバーでボール追っかけたり、蝉に負けないくらいの声で応援したり、練習の後の清々しい気持ちを味わうことも出来ないんだと思うとそれなりに感傷的になるだろう。
 俺はというと実は少し嬉しかった。もう、蓮と一緒に野球しないでいい。そう思うと、中学最後の試合があんな試合でもいいような気がする。(もちろん試合前には勝つ気だったが)
「なぁ、達也」
 俺はびくっと体を震わせた。蓮は覗き込むように俺を見ている。どうやら俺は自分だけの世界に入っていたらしい。
「なに?」
「お前はどこの高校受けんの?」
「俺は西谷かな」
 嘘だった。本命は清水高校だった。あそこなら蓮の頭なら絶対に入れない。そのために春からずっと塾に通っていたんだ。
「じゃあ、俺もそこにしようかな」
「何いってんだ、お前は。お前なら推薦でもっといいとこ行けるだろ」
 蓮は首を振った。
「俺はさぁ、そういう野球一筋って嫌なんだよね。もっと気楽に野球できる所がいい」
 蓮はそう言うとお前もそうだろって顔でこっちを見てきた。けど、俺はそういう野球一筋の学校で朝から晩まで野球したかった。でも、俺には推薦が来るほどの才能はなくて、ただただ蓮が羨ましかった。
 何で神様は俺じゃなく蓮に野球の才能を与えたんだろう。絶対に俺の方がその才能を上手く使えるのに。そう思うと、なんだかとても蓮が憎かった。
「じゃあさ、今度一緒に西谷の見学会行こうぜ」
 蓮の突然の申し出は俺にはかなり迷惑だった。何で俺がこいつのお守りをしなきゃいけないんだ。しかし、蓮はこっちが断る前に頼んだぞと言って眠っちまった。
 はぁ、俺は深く溜め息を吐くと窓の外を眺めた。ホントあいつは自分勝手だ。まだ沈みそうにない太陽を見てそう思った。
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