深山's 小説「マウンドの上」

第3話

 蓮のおばさんからうちに電話がかかってきたのは、夏休みが終わってしばらく経った日のことだった。
「たっくん、悪いけど今すぐうちに来てくれない?」
 おばさんは今でも俺のことをたっくんと呼ぶ。小五の時、一度変えてくれと頼んだが断られた。
「たっくんはいつになってもたっくんでしょうが」
 確かにそうだけどと苦笑いしていたら、今でもそのまま呼び続けてる。親子そろってホントに自分勝手だ。
「どうしたの、おばさん。蓮に何かあったの?」
「いいから、とにかく早く来て」
 そう言うと、有無を言わさずに電話を切られた。絶対に蓮の性格はおばさん譲りだな。そう再確認した。
 とにかく仕方がないので、蓮のうちに向かってみる。俺と蓮のうちは二軒隣で、すごく近い。でも、最近は全然行ってなかった。というより、行きたくなかった。
 そのせいもあって、なかなか入りづらくて、俺は家の周りをウロウロしていた。すると、突然ドアが開いた。出てきた蓮は俺には一瞥もくれず、駆けだした。
「ちょっと、蓮! 待ちなさいよ、話はまだ終わってないんだから」
 続いておばさんが出てくる。おばさんは俺に気付くとキッと俺の方を睨んだ。
「どうしてもっと早く来てくれなかったの! たっくんが来ないから蓮が出て行っちゃったじゃない」
 そう言うとおばさんは俺の言い訳も聞かず、とにかく入りなさいと俺を居間に通した。
 居間は蓮とおばさんの闘いを物語るかのように見事に散らかっていた。とりあえず、俺は座る場所を造り、そこに座った。おばさんは台所から麦茶を持ってきた。
「で、どういうことなの?」
 単刀直入だ。おばさんは、いや蓮の家族はみんなこうだ。真っ直ぐで気を遣うと言うことを知らない。
「どういうことって言われても……」
「しらばっくれても無駄よ。たっくんが蓮に嘘をついたってことは分かってんの」
 おばさんは何もかも分かっているようだった。俺が蓮に嘘の志望校を教えたことも。どうせ母さんがおばさんに志望校のことも全部話したんだろう。
「何であんな嘘ついたの? 蓮と一緒の学校に行きたくなかった?」
 図星だった。けど、その理由をいちいち説明する気はなかった。おばさんは深く溜め息を吐く。
「答えたくないんだったらいいけど、蓮を連れ戻すのはたっくんの仕事だからね。たっくんが原因を作ったんだから、責任はきちんと自分で取りなさい」
 おばさんはそう言うと、今度は部屋の片付けに取りかかった。その動作はどこか荒々しく、まだ怒りが収まってないようだった。
 俺は仕方なく、蓮を探しに行った。案の定、蓮は公園のベンチに座っていた。今日は泣いているのだろうか。よく昔もこんな風に怒られて拗ねている蓮を呼びに来たっけ。そのまま一緒におばさんに謝って、まるでお兄ちゃんみたいとよく言われたものだ。けど、昔と同じようには出来ないだろう。俺は変わってしまったから。  俺が蓮に近づくと、蓮はこちらを振り返った。その目はやはり真っ赤でまだ無き癖は治ってないようだった。
 しかし、表情が昔とは全く違う。これは何かを決意した者の顔だ。
「何で……何で嘘ついたんだよ」
 俺は質問には答えず、奴の顔をじっと見てた。蓮は何を決意したのだろうか?
「悪い、急に変わったんだ。で、すっかり話すの忘れてて」
 嘘に嘘を重ねる。仕方のない嘘だ。相手を傷つけないための嘘だ。そう自分に言い聞かせる。
「嘘つくなよ」
 蓮の鋭い視線が俺に突き刺さる。こうして見るとこいつも変わったんだなって思う。こんな表情で俺のことを見られるようになってる。
「俺のことが嫌いなのか?」
 軽く放たれた言葉は俺の胸にずしっと来た。
 違う。嫌いなんかじゃない。けど、俺は蓮とは一緒にいられない。それだけは分かってる。俺は蓮に嫉妬してるんだ。蓮の稀有な才能に。このまま一緒にいれば、自分がすごく惨めになる。
 そこまで分かっているのに言葉に出来ない。ちゃんと言い訳しないといけないことは分かってる。蓮は悪くないんだから。けど、簡単な嘘はまた見破られるような気がした。
「俺はお前のことが好きだ」
 こいつはホントに軽くこんな言葉を放つ。この言葉で相手がどんなに思い悩むかなんて全く気にしない。
「だから、いくらお前が嫌がっても俺はお前と同じ学校に行く」
 蓮はそう高々と宣言するとすぐに家に向かって歩き始めた。蓮はこのことを決心していたんだ。俺は蓮の後を追わなかった。今のあいつなら俺がいなくても、おばさんにきちんと謝れるだろう。俺は蓮とは逆の道を歩き始めた。
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